夢は夜開く

第一TV放映の同日の8/22、「藤圭子飛び降り自殺」の訃報が入ってきた。
62歳だったことを知った。彼女の事をリアルタイムに見てきた世代としては残念な知らせだった。

藤 圭子さんゴールデンベスト

私の祖母は、ほんのちょっと彼女の幼少時にかかわっていたことがあったらしい。
繰り返される報道でご存知だろうが、デビュー前に全国を親と旅興行していた。生前の祖母に、一時期わが比奈村の隣村の滝川という所にいたという話を聞かされていた。
滝川とは以前「白夜行」というドラマのロケ地になった場所だ。

白夜行ロケ地

住んでいたというレベルではなく滞在程度なのかもしれないが、祖母はその親子を面倒見たことがあったようだ。
私自身は記憶がないが、私より2歳年上の姉は純子ちゃん(本名)と一緒に遊んでいたということだった。
祖母が、藤圭子としてデビューした映像を観て「お人形さんみたいな子だった」と、さつまの天婦羅を揚げて食べさせたりしたんだと話していたことを覚えている。
私の祖母は幼いころ苦労した人なのでとても慈悲深かった。
一時期、うちで養鶏をやっていた頃には市場に出せない小さな卵を、近くの生活が大変な人にあげたりしていたので、どこからか聞きつけて縁ができたのかも知れない。

そんな話を聞かされていたせいか、宇多田ヒカルがデビューした時には、知り合いのお子さんが有名になったような気さえしていた。
しかしそれ以上に、藤圭子自身が私たちの昭和のページを色濃く飾っていたのだと、訃報のあとのあらゆる報道を目にするにつけ、懐かしく切なくなった。
そして昨日の宇多田ヒカルのコメントを読んだら少しやるせなくなった。

スケールは違い過ぎるのだが、私が弟を失った時になぞらえた。
弟は自殺ではなかったが、お酒に突き進んでいっていた事は病気と言えていたし、とりわけ家族にとっては、はがゆかった末の「(本人の)解放」と「(家族の)後悔」という言葉はまさに率直な言葉だ。
そして誤解されやすいが「子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人」はまさに弟そのもので、私も弟を誇りに思っている。

記事を読みながら涙が出た。素直な昭和の人は生きづらいんだ。
気持ちが動いたので、しばらく描いていなかったへっぽこ絵を冥福を祈りながら描いてみた。

夢は夜開くってすごいキャッチーです

よもやまのこと過去日記
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あーぶの森

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