しばらく更新が途絶えてしまった。今に始まったことではないけど・・
しかし今回は自分自身がピンチに陥ったから特別。
入院は初めてじゃないけれど、これほど長く退院後の療養終了が見えないのは初めてだ。
父と同じ脳梗塞で入院
年が新たまっての1月末、私は脳梗塞(正確には脳幹梗塞)で救急搬送されてしまった。

救急車の中での血圧の数値に主人が驚愕
よりによってぱん(ラブラドールの母犬)が二度目の出産をした直後にだ。
いやいや、出産に際しての無理が祟ったというのも原因の一つのような気がする。
だから必然だったのかもしれない。
なので出産後で良かったと考えるべきで、自分の命も仔犬の将来も残せたことに感謝しよう。
主人の優しさと頑張りに感謝
倒れた時、私は立つことすら出来ず這ってソファにたどり着きしばらく横たわっていた。
トイレに行きたくなり携帯で主人を呼んだのだが、その姿を見てもにわかには信じられないようだった。
それはそうだろう、ついさっきまで一階・二階・ロフトをスタスタと行き来していたのだから。

最初の頃は全く食べられず
病気のこと、入院中のことはまた別の機会に記事にするとして、私不在の三ヶ月中に主人はひとりきりで病院通いの合間に仔犬の世話と里親探しを行ったのだ。
仔犬の世話は、去年は二人でもてんてこ舞いだった。
いくら2度めで少しは慣れていたとしても、よくやってくれたと感心するのと同時に、愚痴も言わずに病院に行き来してくれた優しい主人には感謝に堪えない。
夢であってほしいと何度も思った
私が梗塞を発症した場所は「手術は出来ないわけではないがリスクが大きい場所なのでしない方がよい」らしく、ひたすらリハビリの毎日だった。
我が家の波乱はご存にの方も多いだろう。
倒れる直前ではきっと焦りがMAXを通り過ぎていたと思う。色んなことを挽回すべく、なりふり構わず様々なことを推し進めていた気がする。
そして、とりわけ寒かった2017年末の気候が追い打ちをかけたようだ。

寒い寒い冬でしたね
病院に担がれてしまった私はもはや「まな板の鯉」状態であった。
しばらくは「このことは夢だったんじゃないか」と目がさめるたびに錯覚していたが、起き上がろうとすると目眩が始まるため、すぐさま失望するという日々が続いた。
やがて病室の天井を眺める毎日の中、「無理してもこうなっては元も子もない」ことを思い知らされるが、この発病の事実を受け入れるのには結構な時間がかかった。
そして三ヶ月ほどの入院生活ののち、目眩や温痛覚の失調、歩行困難な状態を残したまま4月25日に退院した。
この病は退院後の生活が本当のリハビリだという。
厄は平成最後に置いていく
それにしても毎年毎年波乱がある我が家で、当事者もほとほと呆れるばかり。
いさわやの営業再開の目処はおろか、主人の里親探しの奮闘記事もアニマルハウス倶楽部の更新も出来ないでいるし、収入を得るための通販サイトの進行もストップ。
ここまで来ると「私達はどうなってしまうのだろう・・」などというレベルはすっ飛んでいて「生きてるだけでまるもうけ」気分にでもなって居直るしかない。
「焦らず」ということは大前提だが、もうこれ以上の波乱はお許しくださいと神様にお願いしつつ、ちょっとでも前に進みたい。
山積みとなった「やること」リストはとうの昔に崩壊しているが、できる限り解決して新しい年号を迎えたいものだ。
一方でリハビリは続くので、それはそれで折に触れて発信していくのでお付き合い宜しく。



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