かあさん、あの自転車どこへいっちゃったんでしょうね?

去年末に思い出がたくさん詰まった東京の祖師谷大蔵に行くことがあった。

なかなかとかわいいぞ

木梨サイクルのロゴ

さて今日はつる。の誕生日。なので祖師谷商店街と弟のこんなお話。

木梨サイクルと弟が関わる高校時代のエピソード

短かったが果敢な学生時代を過ごした商店街は、当時とは見違えるような変わりようだったが、それでも懐かしいお店はいくつか残っていた。
祖師谷商店街の古くからの有名店、木梨サイクルは少しだけ移転したと聞いた。

東京に住む少し前の高3の夏、四谷の美術ゼミに通う為、祖師谷の親戚宅に居候していたことがあった。
その時に自転車がパンクして修理を頼んだのだが「木梨サイクル」だったことを知ったのは、とんねるずがデビューした後だった。

とんねるずの二人は私より年下(弟と同い年)だったので、パンク修理はまだ世に出る前のことだったからだ。

私の自転車は憲武さんの父である「作三さん」に直して貰った事を叔母から聞いたのは、私が二十歳を過ぎてからだった。

物持ちの良い私

その自転車は地元の高校の通学に使っていて、夏の短いゼミにも東京に持ち込み、また2学期から地元に戻っても高校までの通学に使って、さらに東京の短大に行く時までも東京に持ち込んだ。

別に「作三さん」に直してもらったからではなく、冷や飯娘の私にとっては初めて自分専用を買ってもらったのがその自転車だったので、とても大切に乗っていた。

それに、世の中に物があふれ始めた頃だったけれど、まだ物を大切にする昭和な気持ちが残っていた時代だ。

なぜまた東京に持ち込んだのか

実は短大進学当初は、その自転車は実家に置いたままで祖師谷大蔵に引っ越した。

祖師谷大蔵は通っていた短大からものすごく遠く、バイトをしていた私は終電に乗り遅れることもしばしばで、しばらくして意を決して引っ越しをした。

なのに、小田急線から離れずに「代々木上原」を選んだ。

というのも「代々木上原」は地下鉄千代田線が乗り入れていたので、新宿方面にも原宿・渋谷方面にも行きやすかったからだ。

上京後のしばらくの間、私の自転車は必要ないのに弟が使っていた。

弟は私と違って母が甘やかし放題だったので、徒歩15分程度の近くの高校だったのにも関わらず、雨が降るとタクシーで高校まで乗り付けていた。

無論チャリ通は近かったので許可が出なかった筈だ。

余談だがバイクも無免でずいぶん捕まったし、車も何度も壊した。
弟は運転センスが皆無だった。

弟にとって、私の自転車は「機動力」のためではなく、後輪につけられていた、男子校には受けがよかった私の出身女子高のマークがお気に入りだったようだ。

そういったわけでハンドルなんかがへんてこりんになってしまうのを恐れ、無事なうちに東京に連れて行った。

自転車は、専ら下北沢に買い物に行くのに使っていた。下北沢も私にとってとても思い出深い街となった。

最後も弟が使う

やがて東京を離れるときに、入れ替わりで上京した弟に冷蔵庫なんかの家財道具を譲った。
その時もその自転車は健在で、さすがに持ち帰らずに弟の手元に渡った。

どのくらいまで乗ったのかは知る由もないが、たぶん秒殺に近い期間で壊れたか、盗まれたかしたと思う。

その後、弟は私の上の姉の車をこっそり東京に乗っていってしまい、駐車違反で捕まった挙句、罰金を母親に払わせていた。

ミラージュという車だったと記憶する。
ボコボコになったドアを見て姉は泣いていた。

どぶにお金を捨てる天才つる。ちゃん恐るべし!w

ところで・・

かあさん、祖師谷商店街のお話はどこいっちゃったんでしょうね?

ではまた!

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